かみくずレポート

越後妻有アートトリエンナーレ 大地の芸術祭2009 その2

5.やまもじ送り

No.105 海老塚耕一 水と風の皮膚

国道117号線への帰り道、途中にあるはずなのだが、どうしても見つからず、何度も往復する。脇道に入ってようやく発見した。

民家に囲まれた空き地。そこに寝そべる、錆びた鉄の床。

足滝へ

国道117号線へ戻り、今度は西の端、足滝方面へ向かう。ここは前回スタンプを押し忘れたところである。遠いし、寄らずに済まそうか迷ったのだが、近隣も見ていないところがあるので、あえて再び訪ねることにした。途中、国道とは思えない細い道を抜け、川を渡り、ようやくたどり着く。

No.104 霜鳥健二「記憶-記録」足滝の人々

着いたときには17時を廻っていた。作品は、小さな神社を取り巻くようにおかれている。近くの空き地に車を停めて歩く。私の後に、親子連れの車。小さな子供が、私を追い抜いて駆けていく。

お祭りでもあるのか、提灯に明かりが灯っている。社の中では、小さな女の子がひとり、無邪気に太鼓を叩いている。日が翳り、でもそれほど暗くはない、その中に提灯の明かりが浮かぶ。女の子の叩く太鼓の、はねる様な小さな音の波。道に迷って突然知らない場所に出てきたような、はっとする幻想的な光景。胸が詰まる。

作品は、神社へと向かう短い坂道の両脇、草地の上に集まって静かに立っていた。

No.103 伍韶勁 Wind Chimes 風鈴

先ほどの神社の向かい、集落の中の小さな集会所。終了時刻を過ぎていたが、受付のこへびの女性は快く入れてくれた。先ほどの親子連れと一緒に中に入る。一階の親子連れから離れ、独り二階へ。畳の部屋に、掛け軸のように掛けられた、家族写真と「風鈴」。黒い枝を揺らすと、見かけとは違った、澄み切った音が響く。

窓から外を覗く。先ほどの人影が見える。自転車に乗った男の子が、神社の坂道を上がって行く。

今日のやまもじの火入れは、予定通りあるだろうか。一階に戻り、こへびさんに訊いてみる。彼女は、判らないといいながら、自分の携帯電話で事務局に問い合わせてくれた。しかし、話中でつながらない。一生懸命電話をかけるこへびのお姉さん。親子連れは去り、ひとり取り残された私。外は夕暮れが迫り、神社の明かりが際立つ。女の子の太鼓の音が小さく響く。自分はなんで独りここにいるんだろう、漠然とそう思う。

No.102 林舜龍 国境を越えて

結局電話は繋がらなかった。一生懸命調べてくれたこへびのお姉さんのひたむきさに感謝しつつ、次の場所に向かう。あるかどうか分からないけれど、やまもじのあるマウンテンパーク津南に作品をみつつ向かうことにする。

車で坂道を少し上ると現れた公園。その端にたつ門。陶器のみごとな人形と花。巨大な牛。中国の作家らしい、鮮やかな作品だ。

そこから更に山奥、両端を草で覆われたとんでもなく細い山道を行く。日が暮れそうで焦る。暗闇ではどうにもならない道だ。

No.91 管懐賓 時を越える旅

ようやく開けた場所に出る。そこに作品はあった。

メカニカルな印象なのに、不思議と周囲の里山の風景にマッチしている。ポールのシルエットが美しい。

No.92 田京子 自然と生の痕跡の共鳴

No.91の隣の建物の中。ここは残念ながら間に合わなかった。施錠されているので、窓から中を写してみる。

振り返ると、一本の木が立っている。その向こう、集落の先は谷になっていて、霧がゆっくりと流れている。山の上というわけではないのに、これも幻想的な風景。

No.93 金九漢 かささぎたちの家

更に進んで、やっと、マウンテンパーク津南に向かう広い道路に出る。その脇、小さな公園にある小さな陶の家。児童公園の遊具のような、楽しい作品。

No.100 滝沢達史 やまもじプロジェクト

右へ左へ、山の中の曲がりくねった道をひたすら上る。やがて、急に道が広くなり、駐車場と大きな建物に辿り着く。スキー場のロッジである。その向こう、夕刻の緑のゲレンデの遥か上に、白い「山」の文字見える。振り返ると、津南の絶景が広がっている。見晴らしが良い。

駐車場もロッジも、たくさんの人が行きかっている。やまもじ送りの参加者のようだ。たまたま通りかかった男性に訊ねと、イベントは予定通り実施されるとのことである。

実施ロッジの向かいに大きなホールがある。入り口には机が置かれ、受付の人が列を作っている。その奥は食堂になっていて、待機する人たちで満員である。紛れ込んで中に入ってみるが、ものすごい喧騒。ホワイトボードには、模造紙で、班割りの名簿やタイムテーブルが貼られており、全体からイベントの前の高揚感が感じられる。

朝から淋しいところばかり回っていたので、そのギャップに頭がクラクラする。

イベントまでまだだいぶ時間がある。待っている間、スキー場内の他の作品を回ろうとゲレンデに向かって歩き始める。だが、みるみる暗くなり、あっという間に道もわからない状態になってしまった。暗闇を戻ってきた人に話を聞くと、暗くて作品がどこにあるか判らないと言う。

駐車場に戻り、今度は車で上ってみたが、途中から急に霧が深くなり、まったく前が見えない状態に。仕方なく諦める。

中腹にある事務所の駐車場に車を止めて待っていたら、スタッフらしい男性に声を掛けられる。「どこから来たんですか」など、他愛もない雑談。横浜から来きましたというと、嬉しそうな顔をしていた。きっと彼も、この日が来て高揚しているのだろう。

会話を終えて、急に、昼間何も食べていないことに気付く。しかし食べるところがない。開始まで一時間もあるというので、いったん山を降りることにする。

ひたすら下って、国道沿いのドライブインで夕食。地元名産の豚を使ったとんかつ定食。900円で思いがけず山のようなボリューム。軽く食って急いで戻るつもりだったので焦る。

定食を平らげ、慌てて戻る。途中、運悪く?飯田線の踏み切りが、めったに来ない電車で遮断機が降りていた。そこを抜け、走る走る。山に戻ったときには、火はすでについていた

オレンジの炎が山の字を描いている。ずいぶん遠くのはずなのに、山に登った彼らの歓声や、景気づけの太鼓の音が聞こえる。ふもとも人だかり。友達同士、親子連れ、カップル、それぞれに肩を寄せ合って火を眺めている。宿泊施設の職員、おそらく食堂の調理師だろうか、エプロン姿で外に出てきて、携帯でさかんに写真を撮っている。独りなのは自分だけである。暗闇に炎。なにもかも終わってしまう感じ。自分が何をしたというわけでもないのに、とてもしんみりとした気分になった。