4.秋山郷へ
激しい雨の中、もと来た道を戻る。
途中、河岸段丘の崖をジグザグに縫う脇道を発見。案内図からは外れているが、方向は合っているので、近道できるかもしれない。それに、なにより見事な崖と登り坂で、走ってみたくてしかたなく、そっちを進むことにする。
坂を登り切ったところで振り返ると、対岸の崖の上、家々が小さく見える。とても気分が良い。
しかし、しばらく進むと工事中で行き止まり。已む無くもとの場所まで戻る。
No.89 小日向千秋 土中にて
「なじょもん」という、縄文文化の体験館。そのだだっ広い駐車場の真ん中に車を停める。いつの間にか雨は止み、嘘のように晴れ上がっている。建物の脇、土器発掘の作業員たちが休憩しているのが見える。みんな若い。作業着姿でいかにもやんちゃな雰囲気。土曜日も働く彼らの目に、私のような都会からの旅行者はどう映っているのか。
ところどころに埴輪の人形が置かれているが、これは目指す作品ではない。
作品は敷地内にあるはずなのだが、なかなか見つからない。彼らに訊くのは何だか気が引けて、うろうろする。場所を間違えたかと思い、車を出して少し走ると、遠くに縄文式?住居の集落が見えた。キャンプだろうか、煙が幾つもたなびいており、子供たちが吹き矢で遊んでいる。ここはどこ?
結局、資料館に戻り、受付のお姉さんに場所を教えてもらう。資料館の裏だそうだ。
資料館を回りこみ、途中、作業員たちの前を横切る。すると「こんにちは!」。彼らが次々と明るく挨拶を投げかけてきた。そのうちひとりは、丁寧に作品までの道順を教えてくれた。なんだ、最初から彼らに聞けばよかったのだ。ヘンにあれこれ気を回していた自分を馬鹿馬鹿しく思う。
地元の若い人達のまっすぐな感覚に、すーっとした気分になる。
作品は巨大な穴、土を掘り返した跡。壁には絵文字が彫られていて、遺跡のようである。
No.90 瀧澤潔 津南のためのインスタレーション-つながり-
津南駅近く、織物工場跡が会場。ここはなぜか撮影禁止だという。外観は錆びだらけでぼろぼろ。だが、中に入って驚く。
外の光を遮断した1階は、吊り下げられた無数のTシャツのランプ。その美しさと静かさに頭がすーっとする。フロアの端からナイロンの雲が沸き立っている。2階に登ると、そこは開け放たれたスペースで、1階からのぼった雲が天井を満たしていた。窓の外には、近所の日常家並みが見える。
受付にはランプのサンプルが置かれ、こへびのお姉さんが造り方を解説をしている。とても綺麗だったので、ここでも絵葉書を買う。
秋山郷へ
いよいよ一番の秘境、エリア最南端の秋山郷を目指す。1つだけ飛び地のような場所にあり、かなり距離があり、ここをパスすればもっと別のところを幾つも廻れるのだが、効率を考えてまわるのは何かが違っているように感じて、行くことにする。このこだわりは何だろう。
国道405号線、今度は中津川に沿って河岸段丘の裂け目を上る。遥か前方に峡谷がかすんで見える。
峡谷に入ると細い道が続く。途中、ダムに出会う。ダム湖を見下ろしながら細い道を行く。対岸の山肌に沿って発電所のパイプが見える。蛇行する山道。川を渡り、クルマ一台通るのがやっとの道をひたすら進み、ようやく秋山郷にたどり着く。
No.106 本間純 100年前/Melting Wall
相当な奥地なのに、集落は思ったより家が多い。時間は3時過ぎ。しかし、山の中なのでもっと遅い時間に感じる。会場の「かたくりの宿」も、元学校である。人影がほとんどみえず、ひっそりしている。
校庭に車を停め、玄関を入る。
受付で、ここの職員らしい青年にスタンプを押してもらい、中に入る。校舎の中はひんやりしている。廊下の先に体育館。体育館にはバックパッカーらしき青年が1名。
体育館の屋根が飾り付けられていて、ライトでそのシルエットが壁に映るのが美しい。
校舎を出て、もうひとつの展示へ向かう。
プールに置かれた水のオブジェ。小さい音を立てて、水が流れ落ちる。他にほとんど音がしない。過ぐそこまで山が迫っていている。時折、柱のスピーカーから、この安心感を揺さぶる正体不明の警告音が鳴り響き、山にこだまする。
しばらくぼんやりと眺めていたら、先ほどの青年がやってきたので、短く話をする。聞けば、何日も前から歩いて回っていて、今日もここへは路線バスでここまで来たと言う。行きのバスは観光客は彼ひとりで、帰りのバスまでまだ1時間あるらしい。
路線バスと電車だけで廻るのは相当大変だろうと思う。一日フルに頑張っても、車に比べると見る作品も少ないだろう。けれど、彼の旅を羨ましく思ったし、彼のような存在が嬉しかった。バスで廻ればいろんな出会いがあるだろう。
車の旅は快適だが、孤独だ。
青年と別れ、彼に薦められたつり橋をみにいく。映画「ゆれる」の舞台になったのだそうだ。途中の駐車場で車を止め、木々に覆われた谷を下る。熊が出てきそうな暗い森。その先に清流が流れ、見事な吊橋があった。川の流れは美しかったが、高所恐怖症の私は、ほんの数メートル足を踏み入れるのがやっとだった。
帰り、先ほどの青年を乗せていこうかと思ったが、どこにも姿が見当たらない。集落を散策しているのだろうか。残念だが、そのまま独りで引き返すことにする。
途中、細い道で路線バスと出くわす。先ほどの彼が待っているバスである。道幅が狭く、とてもすれ違えない。余裕のあるところまでこちらがバックして、なんとかやり過ごす。
彼は独りあのバスに揺られながら、どんなことを考えるのだろう。