かみくずレビュー
「こころ」はいかにして生まれるか – 最新脳科学で解き明かす「情動」
著者: | 櫻井武 |
出版: | 講談社 (ブルーバックス) |
「感情論」にも意味がある?
情動(感情)が脳でどのように生まれるか、どのような役割があるかが書かれていて、非常に勉強になった。情動(感情)というのが生物学的に重要な役割を果たしていることがよく分かった。
危険を記憶し、同じような状況に対して情動(感情)で反応するのは、生物が生きていく上で大変重要な仕組みである。過去に遭遇した危険と似たような状況に恐怖を感じ、そこから逃げることで、生物は危険を避けることができる。また、恐怖に対するこの反応は、実は我々が思っている以上に無意識によるもので、この無意識の記憶を定着させる役割として、恐怖という情動が大きな役割を果たしている。
つまり、記憶と情動は、生物の生存本能を支える車の両輪のようなもので、それが相互に連携しているのだという。
よく「感情論でモノを言うな!」とか、感情をネガティブに例える言葉があるけれど、どっこい、生物学的には感情にも重要な機能的役割があったのである。
記憶の意外に複雑な仕組み
自分は脳科学について切実な興味を持っている。しかし、心や感情に関する本は、自分の切実な疑問の答えにはならない気がして、これまであまり手が伸びなかった。この本も、たまたま書店で脳の構造を書いた本を探していて、図録が多かったから目に留まっただけだったのだが、読んでみて、新しい扉が開いた感じがする。
私の主な関心ごとは記憶についてである。なぜいったん覚えたことをあるタイミングで忘れてしまうのか。なぜ覚えた数字や時間が、記憶の中で別の値にすり替わってしまうのか。この本によれば、記憶というのはいくつかの段階をもって脳の中を移動していくのだという。だとすると、記憶の欠損やすり替えは、この移動のタイミングで起きるのではないか。ならば移動のタイミングが予測できれば、何か備えることができるのではないか。素人ながら、そんなことを考えた。
おそるべき報酬系
またこの本では、快感について一章が設けられていて、そこでギャンブル依存症とSNSの「いいね」の承認欲求が同じ仕組みであることが述べられている。ここは社会的に非常に重要な部分だと思う。本書の中では社会的な問題としてそれ以上突っ込んだことは書いていないけれど、章のタイトルを「おそるべ報酬系」としているところに、著者の危機意識が表れているように感じた。
報酬系という言葉に私はあまり馴染みがなかったけれど、その仕組みは結構明確に判っているようだ。この仕組みが悪用されれば大変なことになると思う。ネットを使ったビジネスやゲームには報酬系を悪用しているものも多いと感じる。これに対抗するには、一人一人がこの報酬系に仕組みについて正しい知識を持ち、そのコントロールから逃れる術を身に着けるしかないように思う。