19日、俳優の河原崎長一郎さんが死去。10代、20代の人は誰?って思う多いかもしれませんが、この人です。でも、リンクはいつまであるだろう。。。
「早春スケッチブック」(1983年・フジテレビ)というドラマをご存知でしょうか?このドラマ、視聴率的には惨敗したらしいので、見た人はすごく少ないと思います。でも当時、私の通っていた高校では、視聴率はほぼ100%でした。なぜかというと、私の住んでいた町周辺がドラマの舞台で、近所でロケが行われたので。で、このドラマに出ていたのが河原崎さんでした。あれから20年経ち、自分がサラリーマンになった今、彼のあの役のことをよく思い出します。
信用金庫に勤める堅実なサラリーマン・望月省一(河原崎)と娘の良子(二階堂千寿)、妻・都(岩下志麻)と息子の和彦(鶴見辰吾)という、連れ子同士の、でも平凡な生活を営んでいる家族が主人公。ある日、息子の和彦の前に、実の父親・沢田竜彦(山崎努)が現れたことから、平穏だった生活が揺さぶられていく、というもの。沢田は自由奔放な写真家で、和彦たちの小市民的な生活を嫌悪し、「お前らみんな、骨の髄までありきたりだ!」と罵声を浴びせつづける。でも彼は実は、病気のため死期が迫っていた。。。シリアスで、あれこれ自分に当てはめて考えさせられる、すごく奥の深いドラマでした。
「いつかは、自分自身をもはや軽蔑することのできないような、最も軽蔑すべき人間の時代が来るだろう」。ニーチェのこの言葉が、ドラマのもとになっていたのだそうです。後でそのことを知って、やっぱりそういう太い根っこを持ったドラマだったんだと納得させられました。私のほかにも、このドラマが心に残った人は多かったようで、視聴率は低かった反面、見たひとの高感度はすごく高かったようです。山田氏のもとにも、何年も経ってから、ドラマのことで視聴者から手紙が来たりする。そんなことはそれまでなかったことなのだそうです(そのあたりの話は新潮文庫版のシナリオ(絶版)の後書きに詳しく書かれています)。
本当は沢田のような、人とは違った自由な生き方をしたい。しかし実際は、省一のようにしか生きられない。でも、平凡に生きるということが、実は一番難しく尊いことだったりする。だが、だからといって、平凡な生活で何が悪い、と開き直ってしまうのも、何か違う。。。とまあ、ドラマで語られていたことを、いまになってあれこれ考えたりするのです。
あと、余談ですが、同じ年、ドラマの放映後に、山田太一の親友である寺山修司が亡くなっています。沢田のモデルが寺山であることを、山田自身は強く否定しています(そういう短絡的な考え方は創作というものをまったく分かっていない人の発想だと思う)が、やはり寺山とのことはドラマに何らかの影響を与えていると思います。二人の最後の交流は、山田太一が寺山修司に宛てた弔辞の中で詳しく描かれていて、私はこのエピソードにも、とても感動したのでした。