2004年10月17日 再び「赤鬼」

朝から渋谷へ。先週の芝居「赤鬼」に感激したので、今度は嫁さんと二人、もう一度観ようと。先週観たとき、補助席が結構空いていたので、これは当日券も手に入りそうかなと。実は昨日の夜も一度来たのだが、出足が遅れて、劇場に着いたときは既に長蛇の列で、泣く泣く諦めたのだった。

今日は昨日よりかなり早めに着いたのだが、列は既に昨日以上で焦る。係りの人からは「ここだとキャンセル待ちも難しいかも」といわれたが、とりあえず並ぶことに。しかし当日券が予想以上に多く、列は順調に縮まり、これはいけるか?と思ったら、案の定、私のところで「すみません、ここで終わりです」。だがしかし、キャンセル待ちの1番2番で、開演五分前に滑り込みでチケットを入手。

芝居の内容はというと、平日夜でしかも台風が来た前回に比べると、昼間というのは客席の緊迫感にややかけたものの、それでも芝居自体が相当な力を持っているので、やはり感動した。

天候が荒れると役者も観客もテンションが上がり、良い芝居になることが多いように思う。前回はまさにそれで、役者の「間」と観客の呼吸がぴったり合っていたし、緊迫感のある場面では、観客の気持ちがぐっと役者に集まっているのが強く感じられた。金曜の夜で観客の年齢層が高かったせいもあるのかもしれない。数回しか観ない素人が芝居の出来を判断をするのは難しいのだけれど、前回は最後に男性もかなりの数の人が鼻をすすり、スタンディングオベーションも出たぐらいだから、たぶんかなり良い出来だったのではないかと思う。(でもスタンディングオベーションなんて最近は普通なのかな?)

芝居が終わった後、劇場を出て、近くの円山町界隈を歩く。私の持っていた佐野眞一「東電OL殺人事件」を嫁さんが読んで興味を持ち、事件現場周辺の雰囲気を知りたいというので。私自身も読んだ後一度歩いたことがある場所なのだが、ラブホテルの立ち並ぶこの一角は、道玄坂の丘によって渋谷の喧騒から隔てられており、あの事件のことを抜きにしても、独特の重い雰囲気をもった場所である。

被害者の女性はどんな気持ちでここに居たんだろうか。嫁さんと歩きながら、そんな話をする。嫁さんは、会社でそれなりの地位を持っていた彼女がどうしてそんな生活をしていたのか、よく解らないと言う。私は、そういった立場には何も希望を見つけられなかったのではないかと思う。その辺の感じ方の違いは、私と嫁さんの12年の歳の差に起因するものかもしれない。若いとき、未来はそこに在るだけで自分を満たしてくれたが、歳を重ねると今度は、未来の存在が逆に心を空っぽにしていく。それを埋め合わせるために、人は何かを求める。そう考えたとき、今日の芝居の持っていた「絶望」という言葉の意味、悲しい美しさが、よりはっきり感じられたような気がした。