2008年9月21日 追悼・市川準

大学2年の夏、新宿で出会った鹿児島の女の子と付き合いを始め、その年の秋、渋谷であっけなく振られた。 渋谷の街をどん底の気持ちでを当てもなく歩き、気がついたら映画館の前にいた。 掛かっていたのは「BU・SU」という映画。とてもこのまま家に帰る気にはなれず、主演が当時好きだった冨田(富田)靖子だったので、その場の思いつきで当日券を買って中に入った。

客席はがらがらで、自分の後ろにアベックが1組、全員でも10人ぐらい。バブルの末期、余った金が流れ込んで、映画が乱造された時代だったのだと思う。暗闇に身を埋めてスクリーンを見ながら、いつのまにか映画に自分を重ね合わせていた。そして、見終わるころには、気持ちは主人公と同じ心のカーブを描いていた。

帰りの電車でパンフレットを開くと、監督のメッセージが書かれていた。「青春が美しい季節だ、なんて誰にも言わせない」。ポール・ニザンなんて名前は当時知らなかったが、その言葉がとても心に響いた。

それ以来、市川監督は自分にとって特別な存在となった。

彼の映画はやさしさに満ちている、とよく言われる。それは確かだけれど、彼の視線はいつも対象から一線引いたところにあって、とてもドライだ。にも拘らずやさしさを感じるのは、そこに孤独や人間の暗い部分への深い理解があるからだと思う。もっともっと映画を撮ってほしかった。